遥かなる君の声 V 31

     〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 



          31



 王城キングダムの現国王が弟君でもあらせられる、小さなセナ皇子の中に覚醒したまいしは、陽白の光を全て統括するという“光の公主”という奇跡の存在。頑強な岩盤で囲まれ蓋された、地中深き“大陸の底”にまで、此処に在する以上のエレメンツを招き寄せてしまえる彼が育てしは、それは清かで目映い光の繭玉。額に輝く粒鉱石の前へと灯った小さな光が核となり、指を組んでの胸近く、祈りの籠もった淡い光の繭玉が、降りて来たそれを受け止めて、ふわりとやさしく包み込む。自分たちにとっては、先程までのしかかって来ていた、凶悪で深いなばかりだった凄まじい圧を蒸散させて萎えさせる、それは暖かで心地のいい輝きだけれど、

 「随分と召喚獣や邪妖の数が減ってないか?」

 垂れ込めていた負の瘴気が薄まったそのせいかとの揶揄を込め、封印の導師である葉柱が、邪妖へと護剣を振り下ろしつつの強かそうな笑みを見せた。光の公主の念じを阻もうと召喚されていた、それら忌まわしき獣たちの最後の陣営をそれぞれに撫で斬って、彼とそれから白き騎士殿・進とが、攻撃に出たその勢いに任せ、少しばかり離れてしまっていた小さな公主の御前へ、楯となるべく立ち戻る。

 「それはそうだろうさ。」

 陽白という“光”をその身で体言しているかのような、そのままその身が発光していそうなほど淡くて明るい色彩をまとった、金の髪に白い肌の“金のカナリア”こと蛭魔がくつくつと低く笑い、

 「此処はそもそも陽界なんだ。
  殻器なき負の存在が、おいそれと出て来られるところじゃあない。」

 判り切ったことをわざわざ口に上らせて、
「だからこそ。苦心惨憺、あらゆる策を積み上げて来たんだものな、僧正様。」
 相対する首謀者へ、そこにだけは笑みを映さぬ眼差しの、鋭い威勢を突きつければ、
《 く…っ。》
 口惜しげに歯咬みをするは。炎獄の民を率いし“僧正”と、その身を偽っていた闇の者。仰々しくも“闇の太守”と呼ばわるつもりの結構な大物を、負界から召喚するためにと用意した“殻器”だった進が、その接近に刺激を受けてか覚醒し、続いて“道標”となるグロックスもまた、分散させていた闇の咒力を回収したことで起動し出してしまっては、もはや流れを止めることはかなわぬのか。さりとて、手札は次々に敗れ去り、且つ、奪われてのこの現状。宙へと掲げたグロックスを目指してのこと、負界の覇王が一門とかいう“闇の眷属”が、陽界との境である障壁“合
ごう”を相殺せんとの力を放ちながら、確かに近づきつつあるのだろうが、

 「厄介な闇の太守様とやらの出現だけは阻止せねばな。」

 後には引けず、さりとてもう“行く手”がない絶望に、しわがれた風貌の濁り切った眼
まなこを見開いて、痩躯をわなわなと震わせ始め。背後に迫りし闇からさえ、その身を侵食されてしまいそうなほど進退窮まった、そんな老爺の怨嗟に満ちた形相を。されど、もはやものともしない陽白の末裔たちが、陽白の力もて、この闇の祭壇に連なる間を浄化しようと迫っている。

 《 陽白の…者めらが…。》

 どれほどの失意を招く刃を向けようと、気勢を挫けとばかりに大切なもの奪い去ろうと、その心を絶望や怨嗟の闇に曇らせることはなく。こちらを執拗に追って来て諦めず、その果てには…手駒であった傀儡であったはずの炎獄の民らまで籠絡懐柔してしまったほどの強かな存在。穢れに染まればその身を保てず、自分を穢した闇の者との相殺の炎に包まれながら、その魂を無垢なまま次の世代へと送る。そんなまで儚い“月の子供”とどう違う、どうしてこうまで強靭な存在なのだ。

 《 光の公主…。》

 こうまで食い下がられようとは、こうまで強靭な連中であろうとは、計算してはいなかった。そして今、負の存在にとっては忌まわしい瘴気同然の“聖なる光”をとうとう紡ぎ上げ、永の歳月かけて築いた老爺の野望を、粉々に撃ち砕かんとの構えに入りつつある彼らであって。

 「けどよ。」

 そんな頼もしき一団の中、高貴な方々にしては相変わらずに口の悪い双璧の片やである葉柱が、今更かも知れないがと双璧のもう片やへ訊いたのが、
「あのグロックスのガラス部分は、ドワーフのおっさんでも砕けはしない特殊なものだって言ってなかったか?」
 土の精霊、陽白の一族に大陸の、それも主に大地の守りを命じられた一族の言うことなのだし、こちらの手のうちにあった“あれ”を直に見てもいる。ガラスもまた珪砂
けいしゃという鉱物から作るものだし、たとえ水晶の削り出したものであれ、やはり鉱石の一種なのだから、その筋の専門家である彼らの判断に間違いはなかろう。そんな特殊な代物が、
「いくら公主の力をもってしても、敵うもんなのか?」
 その“いくら”の誤用をされてる光の公主様が、それは集中なさってのわざわざ練り上げた光だけに、無駄に潰えさせてはならないには違いなく。
「そうさな。」
 確かに、と。その辺りの理屈は蛭魔とて警戒してもいたか、淡灰色の切れ長の目許をちょいと眇目にし、思案を巡らせる。相手は負界の関係者であり、そやつが長年かけての策謀のためにと用意していた、しかもこの召喚には不可欠なまでに主要な小道具。ひねりがなくてどうするか。一見、いかにも脆く見えているからこそ、そこを狙われもするだろうからとの用心をしないはずはなく、防御の備えも強かろうことは明白で。
“進から浄化されて身体ん中から追い出された格好の闇の力を、そこへと回収して吸い取ってた代物だしな。”
 それは彼らも目撃したこと。そんな作用を持つものへ下手に陽のエナジーをぶつけて、変換されて吸い込まれでもしたらそれこそ元も子もない。

 “となれば…。”

 薄暗い窟の奥向き、ぽかりと開いた漆黒の亜空を背に。妖しき赤光を放って宙に浮かびし砂時計を、しばし凝視していた蛭魔だったが、
「公主様。その光弾で…咒力でもって、グロックスの双炎の紋を狙って下さいませ。」
 双炎の紋、フレイム・タナトス。炎獄の民を象徴しており、それをあの砂時計の底へと見たことで、封印咒の一門の眷属である葉柱が、巷には伝説さえ残ってはいなかったはずの相手の正体への鍵を導いた特殊な文様。進が闇の咒力からの拘束を受ける前、それでも彼の意識を束縛するのに用いられたのもあの紋章であり、
《 ………。》
 あまりに一足飛びな指示を出されて、セナが…いやさ“光の公主”が、微かにむずがるようなお顔になっての眉を寄せ、その性急さへの戸惑いのような素振りを示したものの、
「あれもまた象徴ならば、そこが何かしら力の籠もる点である筈です。」
 それこそ“あわわ”と焦りもしない豪胆さを保つはお手のものな蛭魔であり。口調を殊更ゆっくりとした鷹揚なものへと意識しつつ、
「だとすれば、そこが、闇の者への目印であるのかも。」
 あれほどに年季のいった小道具が、だが、妙に小綺麗なままであり続け、殊に紋章という装飾がくすみもしないではっきりと残っているのはどうしてなのか。それに意味があり、思念がかかわっているから、ではなかろうか。

  「負に関わるものであるのなら、この陽白の光にて浄化されてしまうはず。」

 日頃の蛭魔の口ぶりに約せば、
“それをと目指される前に焼いちまえ…というところかね。”
 さすがは葉柱さん…じゃなくて。確かに、あの紋章には様々に、念や意思が刷り込まれてもいようから、咒力を素通し出来たガラスの胴鼓部分よりも、余程のこと、狙って意味のありそうな箇所ではあり、
「念じればその通りの的へと届きます。よしか?」
 あくまでも謙譲の姿勢に徹しているはずが、その口調に少々統一性がなくなりつつあるのは、やはり慣れがないせいでしょうか、蛭魔さん。とはいえ、それこそこの正念場にそんな瑣末なことなど どうでもいいのか、

 《 …。》

 光の公主の眸が上がり、その額に浮かび上がった銀色の粒鉱石が、灼熱を帯びているかのような白光に弾けて、

 「…っ!」

 彼自身の拳ほどという、さして大きくはない光の繭玉は、それでも…その役目を定められたからか、急に光の威容を増し、小さな恒星のように煌力を上げた。そして、

  ――― 燦っ、と。

 猛禽の羽ばたきを、いやさ、滑空を思わせるような。宙を切り裂きながら、光の粒を撒き散らしながら、闇が待ち受ける扉へと向かって放たれた恒星は、一直線に闇の者へ飛び掛かる。それと同時に、

 「わ…っ。」

 光の力の解放をそのまま示してのこと、その周囲へと圧の障壁を膨らませる。周囲に控えていた皆を、薙ぎ倒し押しのけするような、凶暴強引なそれではなかったが。その代わりのように…窟内にわだかまっていた闇溜まり、負界から滲み出ていた瘴気の影たちは、ことごとく喰
まれての昇華してしまい。まるで分厚いカーテンを一気に引き明けて春の陽光を招きいれるかのような、床に広がっていた黒色の毒水を、勢いよく洗い流して去らせたような。
「うわ…。」
 正にたたみかけるような鮮やかさ。惨憺たる濁った漆黒から 清かに冴えたる純白への塗り替えは、どれほど凄まじい威力で瘴気を制覇しているのかを無言で語っているようなもの。すなわち、どれほどの威勢をはらんだ光弾であったの証しでもあって。そして、


  《 ぐあ…っっ!!》


 灼光によってその底部を上から下へと貫かれたグロックスは、僧正の杖をその手からもぎとるほどもの衝撃に宙空へと弾かれて飛び上がり、


  ――― パンッ、と


   弾けた。











 
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  *こんな時に何ですが、皇帝陛下の弟の呼称って何なんだろう?
   弟帝? 弟陛下? それか王弟? 帝弟?(ていてい…って・笑)
   まだ国王は未婚なんだし、その間だけ“皇子”ではいけないんだろか。
   このお話の設定で“宮様”ってのも何か変だしなぁ。